2012年5月11日 (金)

McLaren HONDA MP4/4

ターボエンジン最終年のこの年、燃料搭載量が195Lから150Lに引き下げられ、ターボエンジンに求められる燃費性能はより厳しくなった。ホンダはこの条件を逆手にとり、低燃費ハイパフォーマンス技術を駆使して他のエンジンメーカーを圧倒した640x480_3_2 。ホンダのRA168Eエンジンは大きく3つの仕様が投入された。開幕戦のブラジルGPではXE1型と呼ばれるものが使われたが、第2戦のサンマリノGPではXE2型を投入した。XE1型ではスロットルバルブが各シリンダに配置されていたが、XE2型ではスロットルバルブがエアチャンバーの手前に移動された。これはターボの過給圧を2.5バール以下でより正確にコントロールするためである。第4戦メキシコGPでは、より高回転で高出力を得ることができるXE3型が投入された。これは主に高地対策によるもので(メキシコGPは高地のメキシコシティで開催された)、以後のレースではXE2型が使用された。シーズン前半までは、サイドポッド上面にシュノーケル状のダクトを設け、そこからターボへと空気を送り込んでいたが、第8戦イギリスGPではサイドポッド上のダクトを廃し、サイドポッド前端から入る空気をターボに送り込むようにダクトのデザインを変更したマシンを持ち込んだ。ところがこのマシンは不調で、金曜日の夜にはシュノーケル状のダクトを付けた仕様に戻されたが、1988年シーズンで唯一ポールポジションを得ることができなかった。また決勝でもシュノーケル状のダクトが使用された。イギリスGPの次戦第9戦ドイツGPには再びダクトをサイドポッド内に移動したマシンが持ち込まれ、以後最終戦まで同形状のマシンが使用された。

2012年5月 4日 (金)

Honda RC211V '03 バレンシア

 2003年の2輪ロードレース世界選手権MotoGPクラスを席巻し、メーカー、ライダー両チャンピオンを獲得したV.ロッシ選手とHondaRC211V。最終戦となったバレンシアGPでは、マシンはサイケデリックなスペシャルカラーに仕上げられ、それにともなってレーシングスーツやヘルメットもデザインしなおされました。RC211Vは中盤戦からメガホンタイプの3本出しマフラーを採用していっそうパワーアップを実現。レースは予選、決勝共にロッシ選手が貫禄の走りを見せて余裕のトップチェッカー。シーズン9勝目を獲得するとともに、22回連続表彰台という歴代1位タイ記録をマークしたのです。また、ロッシ選手はこのGPで翌年からはヤマハへ移籍することを発表。彼にとってHonda最後のメモリアルモデルとなったのです。001_640x480

2012年4月 4日 (水)

 ARTA NSX スーパーGT500 2009 #8

ARTA(エーアールティーエー、AUTOBACS002_640x480_2
Racing Team AGURI
)は、元F1004_640x480_2 ドライバーの鈴木亜久里とオートバックスが提携して1997年に設立した。

NSX最終年となった2009年は、前年に引き続きラルフ・ファーマンと伊沢拓也のコンビで参戦、第7戦(富士)と最終戦(もてぎ)で2勝を挙げ、ランキング2位でシーズンを終えている日本のモータースポーツプロジェクト。NSX最終年となった2009年は、前年に引き続きラルフ・ファーマンと伊沢拓也のコンビで参戦、第7戦(富士)と最終戦(もてぎ)で2勝を挙げ、ランキング2位でシーズンを終えている

2012年3月25日 (日)

•#24 HIS ADVAN KONDO GT-R

011_640x480 2008年より使用しているGT-Rを改良し参戦となり、エンジンは2009年規定に沿った3.4Lとなった。開幕前のテストでは新しいエンジンにまつわるトラブルが多発し、開幕戦でも予選中に車両後部を大破するアクシデントに見舞われたが、決勝でコンディションが目紛しく変わる中で、GT500では例を見ないタイヤ無交換作戦が功を奏し、2年連続開幕戦優勝という申し分の無いスタートを切った。しかし、その後のレースでは表彰台に上がることが出来ず、結果的にシリーズ10位に終わった。

2012年2月 4日 (土)

ランボルギーニ イオタ SVR

P2020039_640x480 P2020041_640x480 ランボルギーニ イオタは、ランボルギーニ社が1969年に1台だけ製造した実験マシン(通称「J」)、および同社のミウラをもとに製作された「J」のレプリカマシンです

2012年1月30日 (月)

LAMBORGHINI COUNTACH LP5000S

LP5000Sは4754ccとなり、3.5mmのボアアップと7mmのストロークアップによってグレードアップしたエンジンでした。 最大トルクは302lbft/4,500rpmでした。より厳しい排ガス規制により、パワーは375馬力を超えませんでしたが、 最高速度はおよそ165mphに上がりました。
0-60mph(100Km/h)は5.6秒となり、このV12は確実にカウンタックの性能を向上させましたP1300036_640x480 P1300035_640x480_640x480

2012年1月14日 (土)

「Marlboro」デカール仕様  

052_640x480 051_640x480  ウェザリングを少し追加  アンテナは真鍮   ドライバーシートを底上げ  全体にクリアーコート

2012年1月 6日 (金)

2010年 「赤い皇帝復活」

MGP W01 (1/43) ・(1/24)   M・SCHUMACHER
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細部まで、デカールが、あるので、ディテールアップなしで、素組でもOK!
シューマッハは開幕4戦の予選、決勝でチームメイトの後塵を拝し、「復帰は誤りであった」との意見がメディアや論客から飛び出す始末となった。

シューマッハのペース不足には原因としてマシンMGP W01のアンダーステア傾向やシャシー自体の損傷があるとされる。チームが第4戦終了後のアップデートに際し、ホイールベースを延長した結果、一時的にシューマッハのペースは向上し、反対にロズベルグの成績は落ちている

2012年1月 4日 (水)

1:18 フェラーリ F1 248 Monza 5 times Win M.シューマッハ

本体及びフィギュアには、タバコデカールを貼り付けました。

2006年F1世界選手権は9月10日、イタリアのアウトドローモ・ナツィオナーレ・モンツァで イタリアグランプリ決勝が行われ、フェラーリの皇帝ミハエル・シューマッハ(ドイツ)がイタリア・モンツァGPで5回優勝、通算90勝を達640x480 成した。

2012年1月 3日 (火)

Williams FW14B Renault 

Dscf0314_640x480 Williams FW14B Renault ( 1/20 フジミ)

FW14をベースにアクティブサスペンションを搭載し、1992年に向けた改修を加えたマシン。当初は1992年にFW15をデビューさせるつもりだったが、FW14Bでもシーズンを乗り切ることができるとの判断から、1992年シーズンいっぱい使用された。アクティブサスペンションの搭載は1988年のFW12以来となる。システムの開発はテストドライバーのデイモン・ヒルが担当した。FW14製作時には搭載が考慮されていなかったため、フロントサスペンションのプッシュロッドが接続するモノコック上部に油圧式アクチュエータを収めるバルジが追加された。また、アクティブサスペンションの搭載に伴い、マシン重量も増加している。エンジンは、第11戦ハンガリーGP以降はRS3CからRS4に換装された。電子制御で点火タイミングを調節し、駆動力を最適化するトラクションコントロールシステムの採用も話題となった

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